「最近、やる気が出ない」「筋力が落ちた」「性欲が減った」――40代以降の男性がこうした症状を感じたら、テストステロンの低下が原因かもしれません。
テストステロン補充療法(TRT:Testosterone Replacement Therapy)は、テストステロン値が低下した男性に対してホルモンを外部から補充する治療法です。欧米では広く普及しており、日本でも泌尿器科や男性更年期外来で受けることができます。
この記事では、TRTの適応基準から投与方法、期待できる効果とリスクまで、最新のエビデンスに基づいて解説します。
LOH症候群とは|男性更年期の診断基準
加齢男性性腺機能低下症候群
LOH症候群(Late-Onset Hypogonadism)は、加齢に伴うテストステロンの低下によって引き起こされる症候群です。「男性更年期障害」とも呼ばれます。
男性のテストステロンは30歳以降、毎年約1〜2%ずつ低下していきます。ただし、低下の程度には大きな個人差があり、50代でも十分なテストステロン値を維持している人もいれば、40代で顕著な低下を示す人もいます。
診断基準
日本泌尿器科学会の「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き」では、以下の基準で診断されます。
- 血中遊離テストステロン値が8.5pg/mL未満で症状がある場合:TRTの適応
- 8.5〜11.8pg/mLで症状がある場合:TRTの試行を検討
- 11.8pg/mL以上:テストステロン低下以外の原因を検索
検査は午前中の空腹時に採血するのが推奨されます。テストステロンには日内変動があり、午前中に最も高値を示すためです。
主な症状
- 身体症状:筋力低下、疲労感、内臓脂肪の増加、骨密度の低下、ほてり・発汗
- 精神症状:意欲低下、抑うつ、不安、集中力の低下、不眠
- 性機能症状:性欲の低下、勃起障害(ED)、射精障害
TRTの投与方法
筋肉注射(エナント酸テストステロン)
日本で最も一般的なTRTの方法です。エナント酸テストステロン125〜250mgを2〜4週間おきに筋肉注射します。
- メリット:確実な血中濃度の上昇、通院間隔が比較的長い
- デメリット:注射後に血中濃度が急上昇し、次回注射前に低下する「山谷現象」が生じる
- 費用:保険適用の場合、1回あたり1,000〜2,000円程度(3割負担)
経皮ゲル製剤
海外ではゲル製剤が主流ですが、日本では2022年にテストステロンゲル(グローミン)が承認されました。
- メリット:毎日塗布することで安定した血中濃度を維持できる
- デメリット:毎日の塗布が必要、パートナーや子供への転写リスクに注意
- 塗布部位:上腕内側、腹部、大腿内側など
その他の投与方法(海外で使用)
- テストステロンパッチ:皮膚に貼付するタイプ。日本未承認
- テストステロンペレット:皮下に埋め込み、3〜6ヶ月間持続放出。日本未承認
- 経鼻テストステロン:鼻腔内に噴霧するタイプ。日本未承認
TRTで期待できる効果
TRAVERSE試験(2023):最大規模のRCT
Lincoff et al.(2023)がNew England Journal of Medicineに発表したTRAVERSE試験は、5,246人を対象としたTRTの最大規模のランダム化比較試験です。
体組成の変化
- 除脂肪体重:平均+1.5〜3.0kgの増加(12ヶ月)
- 体脂肪量:平均-1.5〜2.5kgの減少
- 腹囲:有意な減少を示す研究が多い
性機能の改善
Snyder et al.(2016)のTTrials(Testosterone Trials)では、TRTにより性欲と勃起機能がプラセボ群より有意に改善しました。ただし、効果には個人差が大きく、すべての患者が改善を実感するわけではありません。
気分と認知機能
- 抑うつ症状:軽度〜中等度の抑うつにはTRTが有効な場合がある
- 意欲・活力:多くの患者で改善が報告される
- 認知機能:一部の研究で空間認識能力の改善が報告されているが、エビデンスはまだ限定的
TRTのリスクと副作用
心血管リスク
TRTと心血管リスクの関係は長年議論されてきましたが、TRAVERSE試験(2023)の結果、TRT群とプラセボ群で主要心血管イベントの発生率に有意差はなかった(ハザード比0.96)ことが示されました。
ただし、既存の重度心血管疾患がある患者では慎重な判断が必要です。
多血症(赤血球増加症)
TRTの最も頻度の高い副作用の一つです。テストステロンはエリスロポエチン産生を刺激し、ヘマトクリット値が上昇します。54%を超える場合は血栓リスクが高まるため、投与量の調整や一時中止が必要です。
生殖能力への影響
TRTの重要な副作用として精子産生の抑制があります。外部からテストステロンを投与すると、視床下部-下垂体-精巣軸のフィードバックにより、内因性のGnRH・LH・FSH分泌が抑制され、精子産生が著しく低下します。
将来的に子供を希望する男性は、TRTの開始前に必ず担当医にその旨を伝えてください。TRTの代替として、hCG注射やクロミフェンなど、精子産生を維持しながらテストステロンを上げる選択肢があります。
その他のリスク
- ニキビ・脂性肌:皮脂腺の活性化による
- 睡眠時無呼吸の悪化:既存の睡眠時無呼吸症候群がある場合はリスクあり
- 肝機能への影響:注射や外用では稀(経口アルキル化テストステロンで問題になるが、日本では使用されない)
- 前立腺への影響:現在のエビデンスではTRTが前立腺がんを誘発するリスクは低いとされているが、定期的なPSA検査は推奨
TRT中のモニタリング項目
定期検査スケジュール
TRT開始後は以下の項目を定期的にモニタリングします。
- 3〜6ヶ月後:血中テストステロン値、ヘマトクリット値、PSA値、肝機能
- 以降6〜12ヶ月ごと:上記項目に加え、脂質プロファイル、HbA1c、骨密度(必要に応じて)
目標テストステロン値
TRTの目標は、テストステロン値を生理的な正常範囲の中間値に維持することです。過剰な値は副作用リスクを高めるため、「多ければ良い」わけではありません。
よくある質問
Q. TRTはいつまで続ける必要がありますか?
A. 加齢によるテストステロン低下は不可逆的であるため、効果を維持するには基本的に長期継続が必要です。中止するとテストステロン値は治療前の水準に戻り、症状が再発する可能性があります。担当医と定期的に継続の必要性を評価してください。
Q. 市販のテストステロンブースターサプリメントとTRTの違いは?
A. 市販のテストステロンブースターは、亜鉛やマカ、トンカットアリなどの成分を含みますが、テストステロン値を臨床的に有意に上昇させるエビデンスは乏しいです。LOH症候群と診断された場合は、医療機関でのTRTが科学的に唯一確立された治療法です。
Q. TRTを受けると筋肉がつきやすくなりますか?
A. はい、テストステロンは筋タンパク質合成を促進するため、TRTにより除脂肪体重が増加します。ただし、TRTは生理的範囲内への補充であり、ドーピングで使われるような超生理学的用量とは異なります。筋トレとの併用で効果が最大化されます。
参考文献
- Lincoff AM, et al. N Engl J Med. 2023;389(2):107-117.
- Snyder PJ, et al. N Engl J Med. 2016;374(7):611-624.
- 日本泌尿器科学会「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)診療の手引き」2022年改訂版
- Bhasin S, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2018;103(5):1715-1744.






